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by oitya-n

『無菌室〜移植〜一般病棟』

2006/9移植に向けて再入院しました。
無菌室での過ごし方のお話を聞いて無菌室入りです。
ミニ移植の手始めは放射線全身照射4グレイから。
朝、夕、2グレイずつ2度に分けて照射です。
(照射中は「遠い昔、原始生物が成り立つまでのプロセスでは地球上も放射線他宇宙線に晒され、その記憶はDNAの奥の奥に刻まれていて放射線はその記憶を呼び起こす・・・」等々と、妄想してました)

朝八時からの2グレイと妄想が終わって放射線室を出ると
主治医がニコニコ笑いながら立ってる。
「オハヨー、なんともない?」って。
放射線治療後、場合によっては直ぐ吐き気に襲われる事もあるらしく
それを心配した主治医が迎えに来て下さったそうです。
「夕方は看護師に車椅子で送り迎えして貰いなさい」って。
その時は「大丈夫なーーーんともないから」って思ってましたが
後でダメージが大きかった。

その晩から寝たような寝てないような一晩を過ごすと
翌朝から「極めて体調悪い」
初めて病院でリバースしたし。咳しても、くしゃみしてもスイッチが入りそう。
食欲はまったくないというか完全にないというか、とにかく皆無。
身体のリズムがなくなる、朦朧とした日が3日間。
その間もメルファランとか入れてました。
フルダラビン、メソトレキサートも毎日じゃなくて
移植に合わせたプログラムに沿って投与した様です。
あまりの食欲のなさに「プリンペラン」が追加されました。
その時担当医と最低でも1/3は食べるって約束しました。
入院治療で『破壊』されたのは初めて。

で、いよいよ移植の日。
放射線のダメージからは立ち直ってました。
「それ自体はそうたいしたことない」と、教えて貰ってましたが
主治医が幹細胞をガンガン入れるの。
私は吐き気爆発なんだけど、そんなぁ、この瞬間に吐くなんて多方面に失礼だし・・・
でも最後の1パックは弱音がでて「センセ吐きそ(涙)」
で、少し間を取ると最後の1パックもすんなりと問題なく入りました。

移植当日はメチルプレドニンかソルメドロールが入ってまったく元気そのもの。
移植したなんて感じない。
で、翌日くらいに全身に蕁麻疹が。最初は少しポリポリ。でも、あっという間に全身に。

3日くらい経って自身の白血球やリンパ球がなくなると
熱は出るわ(ロキソニン効かん)メシは喰えんわ、トイレも瞬きもメンドクサイくらい怠い。
3日くらいは続いたかな。放射線に続いてこれまた最悪の毎日。白血球は連日100以下。

そんな最悪の中担当医から「生着が始まったみたい」と聞きましたが
本人まったく実感がない。

でも翌日?翌々日?午後には熱も下がって、なんだか体中にスッキリ感が。
まだフラフラしてるんですけどね。
生着も上手く行ったようで更に2〜3日もすれば一般病棟へ。


無菌室から解放されて嬉しくて、嬉しくて、
ポンプ付きの点滴台押して、EVで階下に降りて、
売店ひやかして、自販機のコーヒー飲んで、マスクずらして外の空気少し吸って
病棟に戻ると20日ぶりのお風呂が・・・(嬉っ!)
「お風呂サイコー!」
口内炎とか下痢、食欲不振、問題はありましたが
この日は「最高の一日」でした。
その後、日を置かずG-CSFも中止。

その後のキメリズム検査で100%ドナー由来のリンパ球が生着していました。
お陰さまで移植のプロセスは「大成功」でした。
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by oitya-n | 2010-12-01 15:00